檜垣裕志神戸サッカーアカデミーブログ / ポッパーマン サッカーブログ

神戸市にて、檜垣コーチ・毛塚コーチに教えて頂き「利き足のポイント」を意識しブレル事無く活動しています。人数に限りはありますが、一緒に練習希望されたい方は、ご連絡ください。現在、幼稚園年中~中学3年生まで参加して頂き活動しています。一緒に、技術アップの為練習しませんか?参加ご希望の方は、kikiashi1970@gmail.com まで

ブラジルでドリブラーと言えば彼の名前が必ずあがる伝説の選手

~メンバーの皆、シッカリ観ましょう~

 

「 Manoel Francisco dos Santos 」

通称「 Garrincha 」「 ガリンシャ

ブラジルでドリブラーと言えば彼の名前が必ずあがる伝説の選手だ。

「1953年ー1965年」

19歳で、ブラジル、リオデジャネイロの名門ボタフォゴとプロ契約後
1965年まで228試合に出場し84得点を上げる。

相手を圧倒するドリブルで活躍し、
2年後の1955年にセレソンに招集される。

「1958年」

ワールドカップ スウェーデン大会でペレと共にブラジルを初優勝に導く。

「1962年」

チリ大会では、2戦目でペレが怪我で欠場を余儀なくされた後、
ガリンシャ一人の力で優勝へ導いた」と言われる程の活躍を見せ、
ブラジルをワールドカップ2連覇へ導いた。

「1966年」

イングランド大会では、自身の膝の手術の影響もあったが招集される。
結果的には思うようにプレー出来ず、出場機会には恵まれなかった。
ガリンシャを欠いた代表はポルトガルに破れ、ワールドカップ三連覇を逃す。

ブラジルがサッカー王国である基礎をサッカーの神様ペレと共に築いた選手で、
その人柄から国民の多くから愛された。

小児麻痺の影響で左右の足の長さが異なっていた事は有名で、
それをハンデとしてではなく大きなプラスに変える力を持っていた。

ペレは語っている。

ガリンシャが居なければ、私はワールドカップで3度優勝する事が出来なかった」と。

こうして改めて " ガリンシャのボールの持ち方 " 、" 仕掛け方 " を見ると、
自分が目指しているもの、やろうとしている事に間違いがないという確認が出来る。

" ボールを置く場所 "

" ボールの持ち方 "

そして、それらがあるから可能になる 

" 仕掛け方 "

目の前で起きている世界最高のドリブラーのプレーから
何を感じ取れるだろうか?